小笠原のコーヒーの歴史

小笠原のコーヒーって皆さん、どのくらい、ご存知でしょうか?
もっとも島を訪れた事のある人に知られている物は「ボニンコーヒー」と言う言葉だと思うのですが、こちらは父島の笹本農園の商標登録されたもので、母島でも栽培されたコーヒーを東京コーヒーと言う名前でも出荷しているようです。
ですから、ここでは小笠原のコーヒーとしておきます。

で、この小笠原のコーヒーは何がすごい?ってことになると話は延々と続いてしまいますので、簡単に。

まず、コーヒーと言うのはほとんどが世界の熱帯地方の北緯25度から南緯25度までのコーヒーベルトと呼ばれている地域で栽培されているのです。よく思い返してみると、キリマンジャロ、ブルーマウンテン、ブラジル、ジャワハワイ(コナ)、どれをとってもこのコーヒーベルトの中にあるんですね。

小笠原の緯度は北緯27度ですから、この地域からは大きく外れているのですが海洋気候で意外とあっているみたいです。国内では主に沖縄と小笠原で露地栽培されていますから、日本(世界)で、もっとも北で栽培されているコーヒーと言えるのです。

そんな小笠原のコーヒーですが、何と明治11年から栽培されているのです。日本で正式にコーヒーが輸入されたのが明治10年ですから、その翌年には東京府により試験栽培がスタートしていたのです。もちろん、日本で最初のことです。

そもそもなんで小笠原でそんな時からコーヒーの栽培が始まっていたかと言うと、どうも新撰組の土方才蔵らと共に幕末に新政府と戦った榎本武揚と言う旧幕臣が深く関わっていたようです。

この榎本武揚という人物をたどっていくと、若いときにジョン万次郎の私塾に通ったり、小笠原に来た直後の咸臨丸に乗り、オランダに行く為に長崎まで行ったりと小笠原といくつもの接点を持ちながら、初期明治政府の要人となっていくのです。オランダに留学していた時代に知ったコーヒーを日本で栽培しようと働きかけたようです。

 

インタグコーヒーの背景

南米・エクアドル インタグ地方の森で栽培されている有機コーヒーです。
この森というのが インタグ地方に吹く亜熱帯の風が霧を呼び、雲を生み、雨を降らせてできた熱帯雲霧林という生物多様性を誇る森なのです。そしてインタグコーヒーを育む場所となっています。

しかしこの森の地下に眠る鉱山資源を開発しようとする動きがありました。
開発が進んでしまえば この自然がなくなってしまうのはもちろんのことです。村の方々はもちろんこの開発には大反対です。
でもただ反対するだけでは開発は止めさせられず 経済的な発展を目指す取り組みが必要でした。

そこで森林農業を選択したのです。
コーヒー栽培をし これを公正な価格で取引していくことができれば 持続的な発展が実現するのです。
こうして始められたコーヒー栽培。

素晴らしい自然が育んだコーヒーは この自然を守る。
コーヒーをつくる人、売る人、この1杯を飲む人、全ての人の手で貴重な自然が守られています。

自然の恵みのコーヒーです。


いつも新鮮な味と香りをお楽しみ頂けるために コーヒーはHeart Rock Cafeで焙煎しております。
オープンテラスで風を受けながら 小笠原のHeart Rock Cafeの味をお楽しみ下さい。